神社と古代史のメモ
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北部九州を中心とした銅矛文化圏と近畿地方から東海地方にかけての銅鐸文化圏である。
銅矛文化圏では、強く富を貯えた首長(王)が祭器(威信財)を独占し、墓に埋めた。これに対し銅鐸文化圏では、強い王を嫌い、富の集中を防いだようで、銅鐸を巨大化させ、集落全員で祀り、首長に独り占めさせない文化を築き上げたのだった。そしてなぜか、銅鐸文化圏の人びとが結束して、ヤマト建国のきっかけを作ってしまったのだ。